東京高等裁判所 平成7年(ネ)5008号 判決 1996年10月17日
控訴人
永井伊三雄
右訴訟代理人弁護士
髙﨑一夫
被控訴人
社団法人不動産保証協会
右代表者理事
野田卯一
右訴訟代理人弁護士
鈴木一郎
同
吉田瑞彦
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の平成六年九月九日付け宅地建物取引業法六四条の八第二項に基づく認証申出に係る債権について、債権額金一〇〇〇万円につき認証せよ。
三 当審における訴訟費用は、これを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 主文第二項と同旨
四 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
五 仮執行の宣言
(三は、当審で追加された予備的請求である。)
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人が、被控訴人(宅地建物取引業保証協会に該当する社団法人)の社員である訴外株式会社ティ・オー・エフ(以下「訴外会社」という。)に対し、同社との宅地建物取引業に関する取引により生じた損害賠償債権(損害賠償額の予定に基づくもの)を有するとして、宅地建物取引業法六四条の八第一、二項の規定に基づき、被控訴人が供託した弁済業務保証金から弁済を受けるため、右損害賠償債権のうち一〇〇〇万円につき認証の申出をしたところ、被控訴人がその認証を拒否したため、その弁済を受けることができず、同額の損害を被ったと主張し、右損害の賠償と苦情の解決申出をした日以後の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め(主位的請求)、右請求の理由がない場合に、被控訴人に対し、控訴人の認証申出に係る債権について一〇〇〇万円につき認証することを求めた(予備的請求)事案である。
二 前提となる事実
1 当事者(争いがない。)
(一) 被控訴人は、宅地建物取引業法(以下「法」という。)六四条の二の規定により、建設大臣の指定を受けた宅地建物取引業保証協会(以下「保証協会」という。)に該当する社団法人である。
(二) 訴外会社は、宅地建物取引業を営む者で、被控訴人の社員である。
2 控訴人の訴外会社に対する損害賠償債権の取得
(一) 控訴人は、平成三年一〇月二五日、訴外会社との間で、別紙物件目録記載の土地(ただし、借地権の負担付)を、次の約定で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、手付金一〇〇〇万円を受領した(甲一、二、六、七、一六、一七)。
代金 七億三一二一万円
特約 当事者の一方が契約の条項に違背したときは、相手方は契約を解除することができる。この場合、違約損害金として、買主の違約によるときは、売買代金額の二割に相当する金額を違約金として支払うこととし、支払済みの手付金をこれに充当することができるものとする。
(二) 控訴人は、訴外会社に対し、平成四年一一月二五日到達の内容証明郵便をもって七日以内に代金残額七億二一二一万円を支払うように催告するとともに、右支払がないときは本件売買契約は当然に解除になる旨の意思表示をした(甲一、二、一六、一七)。
(三) 控訴人は、東京地方裁判所に対し、訴外会社を被告として、本件売買契約の違約金の特約に基づき、売買代金の二割に当たる約定違約金一億四六二四万二〇〇〇円から受領済みの手付金一〇〇〇万円を控除した残額一億三六二四万二〇〇〇円(以下「本件違約金債権」という。)の支払を求める訴訟を提起したところ、平成五年五月三一日同裁判所において控訴人の右請求を全て認容する旨の判決の言渡しがあり、訴外会社は右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが、平成六年三月一四日同裁判所において控訴を棄却する旨の判決の言渡しがあり、右判決は同月三〇日の経過により確定した(甲一、二、一六、一七)。
3 認証の申出及び認証審査の結果
(一) 控訴人は、被控訴人に対し、平成五年三月一九日、本件売買契約に関し苦情の解決申出をした上(甲三)、平成六年九月九日、法六四条の八第二項の規定に基づき、本件違約金債権について債権額一〇〇〇万円につき認証の申出をした(争いがない。)。
(二) 被控訴人は、平成六年一二月七日、右申出に対し、弁済業務の対象債権とは認定できないとの理由により認証を拒否した(争いがない。)。
4 営業保証金の額
法二五条二項の政令で定める営業保証金の額は、控訴人の訴外会社に対する本件違約金債権の発生日(平成四年一二月三日)当時、主たる事務所について一〇〇〇万円であり(宅地建物取引業法施行令二条の四)、訴外会社が被控訴人の社員でないとしたならば供託すべき営業保証金の額は一〇〇〇万円である(弁論の全趣旨)。
三 本件の争点
1 本件違約金債権は、法六四条の八第一項にいう「取引により生じた債権」に当たるか。
2 本件違約金債権が右の「取引により生じた債権」に当たらない場合、控訴人につき右の「取引により生じた債権」が存在するか。存在するときその金額いかん。
3 控訴人の不法行為の主張は、民訴法一三九条一項の規定により却下されるべきか。
4 被控訴人の認証の拒否は、控訴人に対する不法行為となるか。不法行為となる場合の損害額いかん。
5 控訴人が被控訴人に対し認証を訴求することができるか。
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 法は、保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者(社員とその者が社員となる前に宅地建物取引業に関し取引をした者を含む。)は、その取引により生じた債権に関し、当該社員が社員でないとしたならばその者が供託すべき法二五条二項の政令で定める営業保証金の額に相当する額(訴外会社については一〇〇〇万円)の範囲内において、当該保証協会が供託した弁済業務保証金について弁済を受ける権利を有し(六四条の八第一項)、右の権利を有する者がその権利を実行しようとするときは、弁済を受けることができる額について当該保証協会の認証を受けなければならない(同条二項)と規定している。そして、法は、右の権利の実行に関し必要な事項は、法務省令・建設省令で定めると規定しているが(同条五項)、右の宅地建物取引業に関する「取引により生じた債権」について、法には、その具体的な内容及び範囲を定めた規定も、これを政令、省令に委任することを定めた規定も存せず、また、もとより、政令、省令に右の債権の内容及び範囲を定めた規定はない。
2 右の宅地建物取引業に関する「取引により生じた債権」は、その文言上、宅地建物取引業に関する取引を原因としこれと因果関係を有する債権を意味し、具体的には、宅地建物取引に関する契約、その解消及びこれらの不履行、取引の際の不法行為等により生じた債権を指すものと解される。違約金は、債務の履行を確保するとともに、債務不履行の際の損害賠償額等に関する立証の困難を除きかつ紛争を予防するためのものであるが、これが宅地建物取引に関する契約において約定された場合には、その約定に基づく債権も右の「取引により生じた債権」に該当することはいうまでもない。
これを本件についてみるに、証拠(甲六)によれば、本件売買契約の違約金の特約は、当事者の債務不履行を理由として契約が解除された場合に、買主の債務不履行のときの違約金の額を売買代金額の二割と定めるほか、売主の債務不履行のときの違約金も同額と定めているものであって、本件売買契約を清算する趣旨のものであり、本件売買契約の条項として約定されていることが認められる(ちなみに、法三八条は、宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地建物の売買契約において、当事者の債務不履行を理由とする契約解除に伴う損害賠償額の予定ないし違約金の定めにつき、その合算額が売買代金額の二割を越えることになる定めを禁じているが、これは右の二割までであれば右の約定を許容しているものであり、このことは本件売買契約の違約金の特約が特に異例なものでないことを示していると考えられる。)。したがって、本件売買契約の違約金の特約に基づく本件違約金債権は、右の「取引により生じた債権」に該当することは明らかである。
3 被控訴人は、右の「取引により生じた債権」とは、その不動産取引自体から発生した売買代金、権利金、礼金等の契約の対価たる金員の支払請求権もしくはその取引解消に伴うその返還請求権のほか、その取引に付随して法律上通常生じる利息等の支払ないし返還請求権をいうものであり、当事者間の特約に基づく違約金等でこれらの範囲及び金額を超えるものは「取引により生じた債権」には該当しないと主張する。
証拠(乙一、四)によれば、被控訴人の弁済業務規約は、「取引により生じた債権」につき、取引自体によって生じた債権と取引に関連して生じた債権とに区分した上(一二条二項)、利子(遅延損害金を含むと解される。)につき法定利息相当額、違約金及び損害金につき実損金額の範囲内のものだけを、取引に関連して生じた債権として弁済業務の対象債権とし(同条三項の(2)の(一)ないし(三))、さらに、手付金の倍返し部分や当事者間の任意契約に基づく利子、違約金及び損害金につき、法定利息相当額、実損金額を超える部分等を弁済業務の対象外と定めており(同条五項)、社団法人全国宅地建物取引業保証協会(被控訴人と同じく建設大臣の指定を受けた保証協会。なお、甲一一及び弁論の全趣旨によれば、保証協会は、被控訴人と右協会と二つのみである。)の弁済業務方法書細則にも、同様の定めが置かれていることが認められる。右の弁済業務規約等は、利子、違約金及び損害金につき、「取引により生じた債権」の範囲を限定的に解しているということができる。
ところで、弁済業務保証金制度は、営業保証金制度とともに、宅地建物取引に関する事故が生じた場合、消費者の被害を救済するための消費者保護の制度であるが、営業保証金制度が宅地建物取引業者が宅地建物取引に関して自ら支払うべき債務の保証として消費者のために提供されているものであるのに対し、弁済業務保証金制度は、集団保証の方法により各業者の負担を軽減しつつ、宅地建物取引により損害を被った消費者の救済を図るものであり、弁済業務は保証協会の業務とされ、弁済業務保証金に充てるため保証協会の会員となろうとする者に弁済業務保証金分担金を負担させ、分担金の積立がその財政基盤となっている。そして、複数の消費者が同一の宅地建物取引業者との取引により同時期に被害を被ることも通常予想されるところ、利子、違約金及び損害金のうち、法定利息相当額、実損金額の範囲を超える部分は、売買代金の支払請求権や取引解消に伴うその返還請求権、利子、違約金及び損害金のうち、右の範囲内のものと比較し、消費者救済の必要性が低いとみる余地もないではないから(もっとも、実損金額の内容は必ずしも明らかではない。)、このような弁済業務保証金制度の運営を維持し、複数の被害者が生じた場合に被害の公平な救済の実現を図る観点からは、右の「取引により生じた債権」の範囲につきこれを限定的に解し、利子、違約金及び損害金につき、右の範囲を超える部分は弁済業務の対象債権ではないと定めることも、それ相応の合理性がないとはいえない。
しかしながら、保証協会は、宅地建物取引業者の団体であって、このような私的団体内部の規約により保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者の債権の内容及び範囲に制限を加えることができないことは当然であり、法もそれを許容しているとはいえないから、右のような制限を加えることは、仮にそれが合理的であっても、所詮立法論に過ぎないものであって、被控訴人の弁済業務規約により右の「取引により生じた債権」の内容及び範囲を限定することを容認することはできず、他に右の債権の内容及び範囲を制限し得る根拠を見い出すことはできない。
よって、被控訴人の右主張は採用しない。
二 争点3にっいて
記録によれば、控訴人は、原審において、一方で、法六四条の八第一項の規定に基づき、被控訴人に対し、直接、弁済業務保証金の支払を求めているとも解し得ないではない主張をしているものの(原判決はこのように解している。)、善解すれば、結局は、被控訴人の認証の拒否は違法であるとして、不法行為に基づき損害賠償を求めるとの主張をしていたと解し得るものであったところ、平成八年四月二五日の当審第二回口頭弁論期日において、同年二月二九日付け準備書面を陳述し、主位的請求につき、被控訴人の認証拒否が違法であるとして、不法行為に基づき損害の賠償を求める旨を明示したことが認められる。
そうすると、控訴人の不法行為の主張は、原審以来されているといい得るものであって、時期に後れて提出した攻撃防御方法ということはできないから、被控訴人の右主張は採用しない。
三 争点4について
法六四条の八第二項にいう認証とは、保証協会が弁済業務保証金の弁済(還付)を受ける権利の存在及びその額につき確認し証明することをいう。そして、同項に基づく宅地建物取引業法施行規則(昭和三二年建設省令一二号)は、認証の申出の手続を規定した上(二六条の五)、保証協会は、認証の申出があったときは、当該申出に理由がないと認める場合を除き、当該認証の申出をした者と宅地建物取引業に関し取引をした社員に係る法六四条の八第一項に規定する額の範囲内において、当該申出に係る債権に関し認証をしなければならないと規定し(同条の六)、さらに、認証事務の処理の方法等につき規定している(同条の七)。
右によれば、保証協会は、認証の審査に際し、認証の申出が手続的要件を満たしているかを審査し、これが満たされている場合は、認証申出書に添付された資料、申出人及び取引の相手方である社員その他の者の陳述書等の資料により、申出に係る債権の存在及び額につき証明がなく、又は右債権が法六四条の八第一項にいう「取引により生じた債権」に当たらないと認められる場合を除き、申出に係る債権に関し認証することを法令上拘束されているものというべきである。したがって、保証協会は、申出に係る債権につき、その存在及び額が資料により証明され、かつ、それが法六四条の八第一項にいう「取引により生じた債権」に当たるものであるのに、故意又は過失により、右認証を拒否し、これにより申出人に損害を与えた場合は、申出人に対し不法行為の責任を負うものといわなくてはならない。」
これを本件についてみるに、右一のとおり、本件違約金債権は右の「取引により生じた債権」に当たるものであり、第二の二のとおり、その存在と額が既に確定判決により証明されているものであるのに、被控訴人は、その弁済業務規約に従って本件違約金債権が右の債権に当たらないとして認証を拒否したものであるから、この認証拒否が違法であることはいうまでもない。しかし、被控訴人が認証を拒否したのは恣意によるものではなく、その弁済業務規約に従ったことによるものであって、右規約の弁済業務の対象債権の定めは、右一の3によれば、もう一つの保証協会である社団法人全国宅地建物取引業保証協会においても採用しているものであって、しかもその内容は合理性がないものとはいえないものであり、また、過去において右の定めの不当性が認証実務において問題となったことを窺うに足りる証拠はないから(もっとも、甲五によると、学説上は問題点が指摘されていたことが認められる。)、右の定めに従ってした認証の拒否につき、被控訴人には故意はもとより過失もなかったと解するのが相当である(なお、本件の苦情解決の申出及び認証の申出から本件の認証の拒否までの間において、被控訴人の対応等につき違法とすべき点があることを認むべき証拠はない。)。
そうすると、被控訴人の認証の拒否については、不法行為は成立しないものというべきであり、したがって、控訴人の主位的請求は理由がない。
四 争点5について
法及びその委任を受けた宅地建物取引業保証協会弁済業務保証金規則(昭和四八年法務省・建設省令二号)は、保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者が、その取引により生じた債権に関し、権利を実行する方法は、弁済業務保証金の還付手続によるものとし、右権利の実行のため供託物(弁済業務保証金)の還付を受けようとする者は、供託物払渡請求書に、保証協会の認証する旨を記載した書面を添付しなければならない旨規定している(法六四条の八第五項、右規則二条)。この規定に鑑みると、申出に係る債権につき保証協会からその認証を拒否された申出人は、弁済業務保証金の還付手続に必要な保証協会の認証について、保証協会を被告として認証をすべきことを請求する訴訟を提起し、認証を命ずる確定判決をもって保証協会の認証に代えることができると解される(民法四一四条二項ただし書)。
そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、本件違約金債権に関し認証するよう訴求することができるのであり、これまでの検討によれば、控訴人の予備的請求はすべて理由がある。
第四 結論
よって、控訴人の主位的請求はこれを棄却すべきところ、これに関する原判決は結論において相当であるから、本件控訴を棄却し、当審での予備的請求はこれを認容することとする。
なお、仮執行宣言の申立ては、相当でないからこれを却下する。
(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官丸山昌一 裁判官小磯武男)
別紙<省略>